令和5年秋期試験午後問題 問2

問2 経営戦略

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バランススコアカードを用いたビジネス戦略策定に関する次の記述を読んで,設問答えよ。
 X社は,大手の事務機器販売会社である。複写機をはじめ,様々な事務機器を顧客に提供してきた。顧客の事業環境の急激な変化や市場の成熟化によって,X社の利益率は低下傾向であった。そこで,X社の経営陣は,数年前に複数のIT関連の商品やサービスを組み合わせてソリューションとして提供することで,顧客の事業を支援するビジネス(以下,ソリューションビジネスという)を開始し,利益率向上を目指してきた。ソリューションビジネスは拡大し,売上高は全社売上高の60%以上を占めるまでになったが,思うように利益率が向上していない。X社の経営陣は,利益率を向上させて現在5%のROEを10%以上に高め,投資家の期待に応える必要があると考えている。
 X社の組織体制には,経営企画室,人材開発本部,ソリューション企画本部(以下,S企画本部という),営業本部などがある。人事評価制度として,目標管理制度を導入しており,営業担当者は売上高を目標に設定し,達成度を管理している。営業本部がビジネス戦略を立案し,S企画本部が,IT関連の商品やサービスを提供する企業(以下,サービス事業者という)と協業してソリューションを開発していたが,X社の経営陣は,全社レベルで統一され,各本部が組織を横断して連携するビジネス戦略が必要と考えた。
 X社の経営陣は,次期の中期経営計画の策定に当たって,経営企画室のY室長にソリューションビジネスを拡大し,X社の利益率を向上させるビジネス戦略を立案するよう指示した。

〔ソリューションビジネスの現状分析〕
 Y室長は,X社の現状を分析し,次のように認識した。
  • ソリューションの品ぞろえが少なく,また,顧客価値の低いソリューションや利益率の低いソリューションがある。
  • 新しい商品やサービスを取り扱っても,すぐに競合他社から同じ商品やサービスが販売され,差別化できない。
  • ソリューションの提案活動では,多くのソリューション事例の知識及び顧客の事業に関する知識を活用し,顧客の真のニーズを聞き出すスキルが求められるが,そのような知識やスキルをもつ人材(以下,ソリューション人材という)が不足している。その結果,顧客満足度調査では,ソリューション提案を求めても期待するような提案が得られないとの回答もみられる。
  • X社のソリューションビジネスの市場認知度を高める必要があるが,現状では,顧客に訴求できるような情報の発信力が不足している。
  • 提案活動の参考になる過去のソリューション事例を,サーバに登録することにしている。しかし,営業担当者は,自らの経験を公開することが人事評価にはつながらないので登録に積極的でなく,現在は蓄積されている件数が少ない。また,有益な情報があっても探すのに時間が掛かり,提案のタイミングを逸して失注している。
〔ビジネス戦略の施策〕
 現状分析を踏まえて,Y室長はビジネス戦略の施策を次のようにまとめ,これらの施策を実施することによって,ROEを10%以上に伸長させることとした。
  • 人材開発
    • ソリューション人材を育成する仕組みを確立する。具体的には,ソリューション人材の営業ノウハウを形式知化して社内で共有するとともに,ソリューション提案の研修を開催し,ソリューションの知識や顧客の真のニーズを聞き出すスキル,課題を発見・解決するスキルが乏しい営業担当者の教育に活用する。
    • 人事評価制度を見直し,営業担当者は売上高の目標達成に加えて,ソリューション事例の登録数など,組織全体の営業力を高めることへの貢献度を評価する。また,S企画本部の担当者に対しては,ソリューションごとの顧客満足度と販売実績の利益率を評価する。さらに,人材開発本部の担当者に対しては,開催した研修によって育成したソリューション人材の人数を評価する。
  • ソリューション開発
    • 顧客の事業環境の変化に対応してソリューションの品ぞろえを増やすため,専任チームを立ち上げ,多様な商品やサービスをもつサービス事業者との業務提携を拡大する。業務提携に当たっては,a権利を,そのサービス事業者から適法に取得することによって他社との差別化を図る。
    • 利益率の高いソリューション事例を抽出し,類似する顧客のニーズ・課題及び同規模の予算に適合するソリューションのパターン(以下,ソリューションパターンという)を整備する。
  • 営業活動
    • ソリューションパターンの提案を増やすことによって,顧客価値と利益率が高いソリューションの売上拡大を図る。
    • X社のソリューションの市場認知度を高めるために,ソリューション事例を顧客に訴求できる魅力的な情報として発信するなど,コンテンツマーケティングを行う。
    • 顧客の真のニーズを満たす顧客価値を提供するために,営業本部とS企画本部とが協力して開発するソリューションを活用して,営業活動を展開する。
〔バランススコアカード〕
 Y室長は,ビジネス戦略の施策を具体化するために,①各部門の中期経営計画策定担当者を集めて,表1に示すバランススコアカード案を作成した
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〔SECIモデルの適用〕
 Y室長は,バランススコアカードのアクションを組織的に推進する仕組みとして,②共同化(Socialization),表出化(Externalization),連結化(Combination),内面化(Internalization)のステップから成るSECIモデルの適用を考え,表2に示す活動を抽出した
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 Y室長は,SECIモデルの活動を促進するために,新たに経営管理システムに次の機能を追加することにした。
  • ③ソリューション事例の登録数・参照数によって,その事例を登録した営業担当者にスコアが付与され,組織全体への貢献度を可視化する機能
  • ④顧客のニーズ・課題及び予算を入力することで,該当するソリューションパターンとその適用事例を,瞬時に顧客に有効と考えられる順にピックアップする機能
〔財務目標〕
 Y室長は,バランススコアカードに基づき,3か年の中期経営計画の最終年度の財務目標を設定し,表3の年度別損益の比較と表4の年度別財務分析指標の比較を作成した。
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 Y室長は,まとめ上げたビジネス戦略案を含む中期経営計画案を経営会議で説明し,承認を得た。

設問1

〔バランススコアカード〕について答えよ。
  • 本文中の下線①について,バランススコアカード案の作成に当たり,各部門の中期経営計画策定担当者を集めた狙いは何か。本文中の字句を用いて25字以内で答えよ。
  • 〔ビジネス戦略の施策〕 の本文及び表中のaに入れる適切な字句を,15字以内で答えよ。
  • 表1中のbdに入れる適切な字句を,それぞれ15字以内で答えよ。
  • 表1中のcに入れる適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
c に関する解答群
  • 顧客への訪問回数を増やす営業活動
  • サービス事業者との協業によるソリューション開発
  • ソリューションパターンを活用した営業活動
  • 利益率を重視した営業活動

解答例・解答の要点

  • 全社レベルで統一されたビジネス戦略を描くこと (22文字)
  • a:独占的に販売できる (9文字)
  • b:コンテンツマーケティング (12文字)
    d:業務を提携するサービス事業者 (14文字)
  • c:

解説

経営戦略を立て実行していく際に広く用いられているバランススコアカードと、個人と個人が属する組織全体が持つ曖昧な知識や経験を論理的にどう活用していくかを明示したSECIモデルへの理解を問う問題です。

バランススコアカードとは、企業や行政、さまざまな組織経営におけるビジョンと戦略をアクションに落とし込み、その結果をチェックし、目標の実現を目指すための手法で、ナビゲーション経営システムと表現されることもあります。バランススコアカードでは、以下の4つの視点に対し、戦略目標、重要成功要因、業務評価指標や数値目標、それらを実行するためのアクションプランの関係性を表1のような1枚の戦略マップにまとめます。本問では全社的な戦略マップが提示されていますが、組織全体で戦略の実行・目標達成を目指すために、各部門、グループ単位で戦略マップをさらに作製していく場合もあります。
財務の視点
株主や従業員などの利害関係者の期待に応えて良い業績を出すために、売上や利益など財務的にどのように行動すべきかの指標を設定する
顧客の視点
ビジョンを戦略の実行を通して達成するために、顧客に対してどのように行動すべきかの指標を設定する
業務プロセスの視点
株主と顧客の満足度を向上させるために、優れた業務プロセスを構築するための指標を設定する
学習と成長の視点
ビジョンを戦略の実行を通して達成するために、どのように人材育成を行い、変革能力を強化すべきかの指標を設定する
  • "経営トップだけではなく各部門の担当者を集めた狙い"に関連する記述を本文中から探すと、「X社の経営陣は,全社レベルで統一され,各本部が組織を横断して連携するビジネス戦略が必要と考えた」がこれに該当します。この背景を踏まえて、ビジネス戦略を立案する手法であるバランススコアカードが採用され、その作成に当たり、各部門の担当者が集められています。戦略マップの作製には、全社的な目標を定めることで組織の方向付けを行い、各部門が共通の目標に向かって組織横断的な実行体制を構築するという目的がありますから、各部門の意見の統一や合意が必要となるというわけです。

    本文中の字句を用い、かつ文字数制限を考えると、解答としては「全社レベルで統一されたビジネス戦略を策定すること」、または「組織を横断して連携するビジネス戦略を策定すること」のどちらかとなりますが、組織を横断して連携する戦略であっても全社的でなければそもそもの目的を達しませんから、全社レベルのほうを狙いとするのが適切となります。

    ∴全社レベルで統一されたビジネス戦略を描くこと

  • aについて〕
    空欄aは、ソリューション開発に当たり業務提携するサービス事業者から取得するものです。戦略マップ上では、"ソリューションの高付加価値化"という目標を実現するためのアクションであり、その重要成功要因は"他社との差別化"と位置付けられています。

    現状のソリューションビジネスには「新しい商品やサービスを取り扱っても,すぐに競合他社から同じ商品やサービスが販売され,差別化できない」という課題があります。新しいソリューションを開発しても、競合他社が同じサービス事業者と提携して模倣すれば、結局は高付加価値を訴求できなくなってしまいますから、サービス事業者との業務提携を拡大していくに当たっては、競合他社の参入を防ぐための対策を講じることが望まれます。他社の模倣を防ぐ効果があること、そして"a権利"という文脈を踏まえると、これを実現するためには、他社がサービス事業者と業務提携できない権利、すなわち自社が独占して販売できる権利(独占販売権)を取得していく戦略が考えられます。したがって、空欄aには「独占的に販売できる」が当てはまります。

    a=独占的に販売できる

  • bについて〕
    空欄bは、目標"ソリューションビジネスの市場認知度の向上"のために行うべきアクション(プラン)です。アクションには重要成功要因を実現するために取り組む行動を記述します。アクションに対応する重要成功要因は、"顧客に訴求できる魅力的な情報発信"となっており、これに関連する箇所を探すと、(3)営業活動に「X社のソリューションの市場認知度を高めるために,ソリューション事例を顧客に訴求できる魅力的な情報として発信するなど,コンテンツマーケティングを行う」とあります。したがって、空欄bには具体的な行動である「コンテンツマーケティング」が当てはまります。

    dについて〕
    空欄dは、目標"ソリューションの品ぞろえの増加"の評価指標(KPI)です。評価指標には、アクションの進捗状況を測定するための指標を記述します。評価指標に対応する重要成功要因は、"顧客の事業環境の変化に関する理解と対応"及び"業務提携の拡大"となっており、これに関連する箇所を探すと、(2)ソリューション開発に「顧客の事業環境の変化に対応してソリューションの品ぞろえを増やすため,専任チームを立ち上げ,多様な商品やサービスをもつサービス事業者との業務提携を拡大する」とあります。表3中には"業務提携を拡大"という活動に対応する評価指標がないので、空欄dにはこれが入るとわかります。"業務提携を拡大"する戦略が確実に実行されているかどうかがわかる"数"ですから、"業務提携するサービス事業者の数"が適切となります。したがって、空欄dには「業務を提携するサービス事業者」が当てはまります。

    b=コンテンツマーケティング
     d=業務を提携するサービス事業者

  • cについて〕
    空欄cは、目標"顧客価値と利益率が高いソリューションの提案"の重要成功要因(CSF)です。重要成功要因には、その目標を達成する上で決定的な影響を与える要因を記述します。目標"顧客価値と利益率が高いソリューションの提案"に関連する箇所を探すと、(3)営業活動に「ソリューションパターンの提案を増やすことによって,顧客価値と利益率が高いソリューションの売上拡大を図る」とあります。また、重要成功要因に対応するアクションは、"ソリューションパターンに合わせた提案書の整理"となっています。アクションは重要成功要因を実現するために取り組む行動ですから、何のために取り組むのかという観点から考えると、目的となる重要成功要因としては「ウ:ソリューションパターンを活用した営業活動」が対応することになります。

    c=ウ:ソリューションパターンを活用した営業活動

設問2

〔SECIモデルの適用〕について答えよ。
  • 本文中の下線②について,表2の記号A~Dを,SECIモデルの共同化,表出化,連結化,内面化のステップの順序に","で区切って並べて答えよ。
  • 本文中の下線③について この機能は,営業担当者のどのような行動を促進できるか。15字以内で答えよ。
  • 本文中の下線④について,この機能は,営業担当者の提案活動において,どのような効果を期待できるか。40字以内で答えよ。

解答例・解答の要点

  • C,D,B,A
  • 事例を登録する行動 (9文字)
  • 顧客の真のニーズに合ったソリューションをタイムリーに提案できる (31文字)

解説

  • SECIモデル(知識創造プロセス)は、知識には"暗黙知"と"形式知"があり、それが個人・組織の相互間で絶えず変換・移転されることによって新たな知識が生まれる考え方をもとに、"暗黙知"と"形式知"の交換と移転のプロセスを示したものです。"暗黙知"とは、組織のメンバー個人の経験・知識・スキルなど言語化されていない主観的な知識、"形式知"とは、マニュアルやデータなどを用いて客観的に言語され、組織メンバー全体が理解・利用できる知識です。

    新たな知識創造へのプロセスは以下に示す4つの段階から構成されます。
    共同化
    個人同士が直接的な相互作用により暗黙知を共有する。個人の暗黙知が、グループの暗黙知に変換される
    表出化
    共同化によって得られた個人の暗黙知をチームレベルで積み上げ、統合していく。この過程で暗黙知が概念化され、言葉やイメージなどを用いて形式知に変換される。グループの暗黙知が、グループの形式知に変換される
    連結化
    形式知が組織の内外から集められ、それらを組み合わせ整理し、複合的で体系的な形式知が組織レベルで築かれる。グループの形式知が、組織レベルの形式知に変換される
    内面化
    連結化によってより整理された形式知が実行される。この形式知を用いて個人が行動することにより形式知に個人の経験が付随され、さらに厚みを増した暗黙知が得られる。組織レベルの形式知が、個人の暗黙知に変換される
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    表2を見ると次の記述があります。
    1. ソリューションパターンを活用
    2. ソリューション事例をソリューションパターンとして体系化し、共有
    3. ソリューション人材と営業担当者間で営業ノウハウを広める
    4. ソリューション事例を登録
    ソリューションパターンを活用する(A)にはソリューションパターンとしての体系化(B)が必要ですし、ソリューションパターンとしての体系化(B)にはソリューション事例(D)の登録が必要です。また、ソリューション事例の登録(D)には営業担当者にソリューション提案のノウハウが蓄積される(C)ことが必要ですから、やや解答テクニック的ではありますが、因果関係より C⇒D⇒B⇒A の先後関係を導くことができます。したがって、この順序をコンマ区切りで記述した「C,D,B,A」が解答となります。SECIモデルのプロセスに当てはめると、Cが共同化、Dが表出化、Bが連結化、Aが内面化に該当します。

    ∴C,D,B,A

  • ソリューションパターンとしての体系化には、多数のソリューション事例の登録が必要となりますが、X社の現状として「営業担当者は,自らの経験を公開することが人事評価にはつながらないので登録に積極的でなく,現在は蓄積されている件数が少ない」という課題があります。

    X社では人事評価制度として、目標管理制度を取り入れています。目標管理(MBO:Management by Objectives)は、社員個人の目標を組織の目標に関連付け、上司との協議との上で社員自らが設定した目標を基準に定量的な業績評価を行う仕組みです。バランススコアカードでは、重要成功要因を達成するためのKPIを定め、その実績値を評価するという類似したプロセスを持つので、目標管理制度とリンクさせることが容易です。

    営業グループ及び営業担当者個人の目標として新たに"ソリューション事例の登録数・参照数"を加え、その達成状況が人事評価ひいては報酬に反映されるようにすれば、営業担当者にソリューション事例の登録へのインセンティブを与えることができます。さらに、目標達成状況を可視化できるシステムにより動機付けを強化することにより、営業担当者にソリューション事例の登録を促す仕組みとなります。

    ∴事例を登録する行動

  • 現状ではソリューションの提案について、次の2点の課題があります。
    • ソリューション提案を求めても期待するような提案が得られない
    • 有益な情報があっても探すのに時間が掛かり,提案のタイミングを逸して失注している
    下線④の機能は上記2つの課題の改善策となっています。ソリューションパターンとは、類似する顧客のニーズ・課題及び同規模の予算をパターン化したものですから、営業担当者がこの検索機能を使うことにより、顧客の真のニーズに適合するソリューションを適切なタイミングで提案することが容易になると考えられます。

    ∴顧客の真のニーズに合ったソリューションをタイムリーに提案できる

設問3

表4中のeに入れる適切な数値を,小数第1位を四捨五入して整数で答えよ。

解答例・解答の要点

e:15

解説

ROE(Return On Equity:自己資本利益率)は、株主が出資したお金(株主資本)を元手に、企業がどれだけ効率的に利益を上げたのかを示す指標であり、以下の式で求めます。

 ROE(%)=当期純利益自己資本×100

しかし、本問では自己資本額が与えられていないためこの式で直接計算することはできません。そこでどうするかというと、ROEの式を、売上高当期純利益率、総資本回転率、財務レバレッジ(=自己資本比率の逆数)の3つの要素に分解することを考えます。

 ROE=当期純利益売上高×売上高総資本×総資本自己資本

この変形式は「デュポン公式」と呼ばれ、過去には平成29年春期午後問2に出題されています。売上高当期純利益率が収益性を、総資本回転率が資産効率性を、財務レバレッジが財政状態を表し、ROEの改善のためには3要素の改善が必要であることを意味します。

この分解式と表4の値を使えばROEが求められるようになっています。表4より、売上高当期純利益率は4%、総資本回転率は1.5回、自己資本比率は40%なので、ROE(%)は、

 4100×1.5×100404×1.540640=0.15
(%単位に直して)15%

したがって、空欄eには「15」が当てはまります。
模範解答

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