平成25年春期試験午後問題 問1

問1 経営戦略

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料理教室チェーンの経営戦略に関する次の記述を読んで,設問1~4に答えよ。
 X社は,料理教室のチェーンである。今までは,大都市圏を避け,全国の中規模都市を中心に数十教室を展開し,講師と生徒との一体感を醸し出す雰囲気などを強みにしていた。さらに,IHコンロを使用したレシピをいち早く用意したことが雑誌などにも紹介され,都市ガスが未整備でIHコンロ利用者が多い地域において急速に教室数を伸ばしてきた。現在,教室の9割以上にIHコンロや電気オーブンなどのオール電化機器を配置している。
 しかし,類似したレシピや教え方で競合する料理教室が増加し,従来の事業運営では,人口が限られた中規模都市で,これ以上の売上の増加が難しくなってきている。教室設備の規模に応じて,生徒の定員は決まってしまうので,売上を増加させるためには,各教室の広さを拡大するか,教室数を増やす必要がある。
 大都市圏では,既に,大規模チェーンから個人経営まで様々な形態の料理教室があり,競争は激しいものの,人口が多い。このことから,新たな生徒を確保し,売上を伸ばせる可能性が高いと考え,大都市圏における新規の教室の展開を検討することにした。
 なお,既存の中規模都市の教室については,従来の事業運営の方針を変更しない。

〔調査結果〕
 X社は,大都市圏に料理教室を新たに開設するに当たって,調査会社に外部環境の調査を委託し,次のような結果を得た。
  • 中心的な顧客と見込まれる主婦層を対象にしたアンケート調査では,新しい設備を備えていること,授業料が安く月額制であること,少人数制で親切に教えてくれることなどが要望として挙がっていた。
  • 特定の地域において,全家庭数に対する,ある種類のコンロを所有する家庭数の割合を普及割合と呼ぶ。都市ガス供給エリアではIHコンロよりもガスコンロの方が経済的なので,IHコンロの普及割合は,現時点では,中規模都市ほど高くない。5年間はこの傾向が続くが,その先においては,IHコンロとガスコンロの普及割合は予測できない。
  • IHコンロと同じように,調理時間を設定できるタイマ機能を備え,IHコンロにはない,強い火力をもつ高機能ガスコンロの普及割合が,中規模都市と比較して高い。
  • 高機能ガスコンロを設置している料理教室は少ない。

〔現状の問題〕
 料理教室では顧客が他のチェーンの教室へ移る障壁が低いので,顧客の要望を取り入れることは重要である。しかし,X社が,大都市圏で新規に教室を展開するときには,次の問題があり,顧客の要望の全てを取り入れることはできない。
  • 新規に教室を開設する際には,多額の資金が必要である。
  • 既存教室の設備の更改も必要であるので,①財務面における安全性指標から,新たな設備投資が制約される。
  • 講師を多くし,安い授業料を設定すると,教室の新規開設に要した資金を回収するのに時間が掛かる。
〔戦略策定〕
 X社では,現状の問題を踏まえた上で,大都市圏への教室の開設に関する戦略を策定するために,ファイブフォース分析を実施したところ,次のとおりであった。
  • 顧客が教室を移る障壁が低いことは,aの交渉力が強いことを示している。
  • 一定の需要がある一方で,サービスのbが難しいので,業界内の競争が激しい。
 また,ファイブフォース分析を提唱したM.E.ポーターによる戦略策定方針を参考にして,今後の事業戦略の方向性を,次のように定めた。
  • aの交渉力を強めるおそれはあるが,競合する教室との関係上,顧客の要望に応え,中規模都市では3~6か月分の前払制だった授業料を月額制にする。
  • 火力が強い高機能ガスコンロを設置してレシピの充実を図り,サービスのbにつなげる。
 新規に教室を開設するのに必要な資金の確保については,次の方針とした。
  • サービス品質を維持するために,材料費や光熱費などの変動費の抑制は実施しない。
  • これ以上の借入れや株式発行ができないこと,及び資本提携では経営の自由度が狭まることを踏まえ,②設備投資を抑制する

〔X社の標準教室の状況)
 X社では,教室開設の計画や中期的な事業計画を策定するに当たり,平均的な広さや設備をもつ教室(以下,標準教室という)を設定している。
 高機能ガスコンロやガスオーブンを配置した場合の,標準教室における収支の内訳を次のとおり算出した。年間経費については,開設時の投資の減価償却費を含めており,X社では管理会計上,固定費と変動費に明確に区分している。
  • 最大生徒数100人,入会金なし,授業料月額2万円
  • 年間経費:固定費720万円,変動費1,600万円(最大生徒数のとき)
 また,X社では,調理機器などの販売は実施していないが,香辛料など入手しにくい食材は,現金で販売している。教室の壁には,生徒がよく見る教育コースのスケジュールや新しい教育コースの案内を掲示している。壁には,まだ空きスペースがある。

〔提携内容〕
 X社は,設備投資を抑制する対策の一つとしてガスを使った調理の良さをアピールしようとしているガス会社との提携を考えた。
 数社のガス会社と交渉した結果,大都市圏のガス会社Y社と,次に示す条件で提携することにした。
  • 新規の教室については,全てのコンロやオーブンをガス機器とし,ガス会社が無償で提供する。
  • X社は,ガス機器の高度な機能を活用したレシピを開発する。
 Y社は,自社ではガス機器の製造・販売をしておらず,イメージ広告や新しいガス機器などの広告宣伝によって,家庭でのガス使用量の増加を狙っている。③X社の教室に新しいガス機器を設置することなどで,広告宣伝効果が得られると判断した。
 この提携によってX社は,今後,標準教室においては,減価償却費を年間80万円減らすことができると試算した。しかし,提携が継続したとしても,④5年から10年先の将来を見通した場合に機器への設備投資が必要になるリスクがあると考えている。

設問1

X社の事業環境について,(1),(2)に答えよ。
  • 本文中のaに入れる適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
  • 本文中のbに入れる適切な字句は何か。5字以内で答えよ。
a に関する解答群
  • 売り手
  • 買い手
  • 競合者
  • 新規参入者
  • 代替品

解答例・解答の要点

  • a:
  • b:差別化 (3文字)

解説

  • aについて〕
    ファイブフォース分析について問われています。ファイブフォース分析は、業界の収益性を決める次の5つの競争要因から、業界の構造分析をおこなう手法のことです。
    • 売り手の交渉力(売り手≒原材料供給元)
    • 買い手の交渉力(買い手≒顧客)
    • 競争企業間の敵対関係(競合他社との関係など)
    • 新規参入者の脅威(新規参入しやすい業界か)
    • 代替品の脅威(自社製品の代替品の存在)
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    設問では「顧客が他のチェーンの教室へ移る障壁が低い」という指摘があります。つまり、顧客がX社の料理教室に魅力がないと判断した場合、簡単に他社へ乗り換えが可能であることを意味しています。さらに「中規模都市では3~6か月分の前払制だった授業料を月額制にする」ことが、aの交渉力を強める恐れがあると指摘しています。月額制であれば複数月の前払いよりも乗り換えの際のコストが低くなるので、こちらも顧客の交渉力を高める要素となります。以上より、aには「買い手」が入ります。

    一般的に、①業界に対する顧客の知識が豊富、②商品・サービスが差別化されていない、③他社に切り替える際のコストが低いときに、買い手の交渉力が強くなります。

    a=イ:買い手

  • bについて〕
    本文中に「マイケル・E・ポーターによる戦略策定方針を参考にして」とあるので、まずはマイケル・E・ポーターが提唱した3つの競争戦略を確認しておきます。
    コストリーダーシップ戦略
    業界内の広い顧客をターゲットにし、どの競合よりも低いコストを実現することで製品やサービスの価格を下げ、市場シェアを獲得する戦略
    差別化戦略
    製品やサービスに競合が持たない機能や特徴を付けることで差別化し、市場シェアを獲得する戦略
    集中戦略
    特定の顧客層や地域など、ある程度限定された市場へ経営資源を集中し、その中でシェアを獲得する戦略
    本文冒頭に「類似したレシピや教え方で競合する料理教室が増加し」とあるように、X社では他社との差別化が困難になっていることがうかがえます。また、〔調査結果〕の「高機能ガスコンロの普及割合が,中規模都市と比較して高い」及び「高機能ガスコンロを設置している料理教室は少ない」に基づき、〔戦略策定〕の「火力が強い高機能ガスコンロを設置してレシピの充実を図り,サービスのbにつなげる」が導かれています。

    これらの説明から類推すると、大規模都市圏において高機能ガスコンロを前面に打ち出したサービスを展開することで他社との差別化を図るものと考えられます。

    b=差別化

設問2

X社の財務状況について,(1)~(3)に答えよ。
  • 標準教室において,Y社との提携によるガス機器の提供を受けた場合の損益分岐点の生徒数を求めよ。
  • 本文中の下線①に用いられる安全性指標を解答群の中から選び,記号で答えよ。
  • 本文中の下線②によって直接影響を受けるキャッシュフローを答えよ。
解答群
  • 売上債権回転率
  • 固定長期適合率
  • 当座比率
  • 労働分配率

解答例・解答の要点

  • 80

  • 投資活動による

解説

  • 損益分岐点売上高は次の公式で求められます。

     損益分岐点=固定費÷(1-変動費率)

    変動費率とは、売上高の中で変動費が占める割合(変動費÷売上高)を示す値です。

    この問題の場合、

    年間固定費=720万円-80万円=640万円
    Y社との提携による減価償却費削減分
    年間変動費=1,600万円
    年間売上高=100人×2万円×12か月=2,400万円
    変動費率=1,600万円÷2,400万円=2/3

    したがって損益分岐点売上高は、

     640万円÷(1-2/3)=640万円÷1/3
    =640万円×3=1,920万円

    この損益分岐点売上高を達成するために必要な生徒数が問われているので、生徒一人当たりの年間授業料で除します。

     1,920万円÷(2万円×12カ月)=80人

    ∴80

  • 財務分析における各指標の意味は次の通りです。
    売上債権回転率
    売上債権がどの程度効率的に回収されているのかを示す指標で、「売上高÷(売掛金+受取手形)」で計算されます。数値が高いほど企業の売上債権回収までの期間が短いと評価されます。
    固定長期適合率
    自己資本と固定負債の合計額に対する固定資産の比率を示す指標で、「固定資産÷(自己資本+固定負債)」で計算されます。固定比率と同じような指標ですが、分母に借入金や社債などを算入している点が異なります。固定比率が100%以上であっても、この数値が100%未満であれば設備投資が妥当であると評価されます。
    当座比率
    当座資産と流動負債の比率を示す指標で、「当座資産÷流動負債」で計算されます。
    当座資産とは、流動資産から棚卸資産を除いたもの(現預金、受取手形、売掛金、(一時所有の)有価証券を足した金額)で、即座に現金化が可能な資産と言えます。流動資産と同じく短期支払い能力を見る指標ですが、流動資産より厳密な指標と言えます。
    労働分配率
    企業が生み出した付加価値がどの程度人件費に配分されているのか示す指標で、「人件費÷付加価値」で計算されます。
    設備投資を行うと固定資産と固定負債が増加します。固定資産に関する安全性指標は「固定長期適合率」だけなので、これが正解となります。式中の分母と分子が同額増えれば固定長期適合率は以前よりも高くなってしまいます。設備投資後の値が基準値を上回らないようにしなければなりません。

    ∴イ:固定長期適合率

  • キャッシュフローについて、財務上は3つに分類されます。
    営業活動によるキャッシュ・フロー
    商品販売による収入や仕入や管理による支出など企業の営業活動についての項目を記載する区分
    投資活動によるキャッシュ・フロー
    固定資産の取得・売却,有価証券の取得売却など企業が行った投資活動についての項目を記載する区分
    財務活動によるキャッシュ・フロー
    株式や社債の発行、または自己株式の取得,社債の償還および借入金の返済,支払利息など資金調達や返済に係る項目を記載する区分
    本問では、設備投資を抑制することで直接影響を受けるキャッシュフローを問われています。固定資産の取得は「投資活動によるキャシュフロー」に区分されます。

    ∴投資活動による(キャッシュフロー)

設問3

提携内容について,(1),(2)に答えよ。
  • Y社にとって,本文中の下線③以外にも広告宣伝効果を期待できる方策がある。〔提携内容〕を勘案し,X社の教室の資源を活用することによって,情緒に訴えるイメージ広告よりも高い効果が期待できる方策を,35字以内で述べよ。
  • (1)で記述した方策について,効果がある理由を30字以内で述べよ。

解答例・解答の要点

  • 教室の空いている壁に新しいガス機器などのポスターを掲示する (29文字)
  • 広告内容が,ガス機器を使用する主婦層に直接届くから (25文字)

解説

  • 問題文の内容を整理すると、次の2つの条件を満たす解答が求められていることがわかります。これを外さないよう注意します。
    • X社の教室の資源を活用すること
    • イメージ広告よりも高い効果が期待できること
    1つ目の条件は「教室の資源を活用すること」です。〔X社の標準教室の状況〕には、「教室の壁には,生徒がよく見る教育コースのスケジュールや新しい教育コースの案内を掲示している。壁には,まだ空きスペースがある」という記述があり、(壁に空いたスペースを活用すべき)と、あえて強調しているようにも受け取れます。受験テクニックとして、こういったキーワードはどこかで活用すると考えた方が無難です。

    2つ目の条件は「情緒に訴えるイメージ広告よりも高い効果が期待できること」です。〔提携内容〕には、「Y社は,自社ではガス機器の製造・販売をしておらず,イメージ広告や新しいガス機器などの広告宣伝によって,家庭でのガス使用量の増加を狙っている」とあり、①イメージ広告と、②新しいガス機器などの広告宣伝(レスポンス広告)の二種類に大別されています。一般的に、イメージ広告は中長期的な企業イメージやブランドイメージの向上を図る目的で用いられます。一方で、レスポンス広告は顧客の購買や資料請求などの行動に直結することを狙うものです。本問では、「情緒に訴えるイメージ広告よりも高い効果が期待できる方策」とあることから、②新しいガス機器などの広告宣伝を用いる必要があると考えられます。

    この2点から、教室の壁の空きスペースに新しいガス機器などの広告宣伝をするという解答が導けます。

    ∴教室の空いている壁に新しいガス機器などのポスターを掲示する

  • 〔調査結果〕における、ターゲット層が大都市圏の主婦層であり、都市ガス供給エリアではガスコンロの方が経済的であるという記述から、ガスコンロに対して一定の需要があるものと考えられます。ターゲットである主婦層に対してガス機器の購入を直接訴求することができるので、効果的な方策であると言えます。料理教室で使っているガスコンロであれば馴染みがありますし、よく見る場所に広告を貼っておくことで高い広告効果が望めるでしょう。

    ∴広告内容が,ガス機器を使用する主婦層に直接届くから

設問4

本文中の下線④に記述されているX社のリスクは,どのような場合に対応策の検討が必要になるか。30字以内で述べよ。

解答例・解答の要点

将来IHコンロの普及割合が高くなる場合 (19文字)

解説

下線④を言い換えると、今後5年間は何かしらの予測が可能であることを示唆しています。〔調査結果〕では、IHコンロの普及割合について「5年間はこの傾向が続くが,その先においては,IHコンロとガスコンロの普及割合は予測できない」とあります。

仮に将来IHコンロの普及割合が高まった場合には、顧客ニーズの移り変わりや戦略変更によってIHコンロの導入にシフトしなければならないケースも想定できます。今回は業務提携によりY社からのガス機器の無償提供を受けられましたが、Y社はガス会社であり自社でコンロの製造を行っているわけではないのでIHコンロの無償提供は難しいでしょう。

以上から考えられることは、「今後5年間はガス機器を入れ替える必要がないため設備投資の必要はないが、仮にIHコンロの普及割合が高まった場合、機器の入れ替えを検討する必要がある」ということです。

∴将来IHコンロの普及割合が高くなる場合
模範解答

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