応用情報技術者過去問題 令和2年秋期 午後問2
⇄問題文と設問を画面2分割で開く⇱問題PDF問2 経営戦略
新事業の創出を目的とする事業戦略の策定に関する次の記述を読んで,設問1~3に答えよ。
W社は首都圏にあるIT企業である。5年前に設立され,現在の従業員数は約80名である。顧客からは企画提案力と技術力の高さを評価され,業績は好調である。現在はWeb系システムの受託開発が主体であるが,先端ITを活用した付加価値の高いソフトウェアパッケージの販売事業やASP(Application Service Provider)事業を,W社内の先端IT人材の割合を増やすことで新事業として創出するという新たな事業方針を決定している。
この事業方針の実現を図るために,2019年6月に経営企画部のX課長をリーダーとする事業戦略策定チームを立ち上げ,半年間で事業戦略を策定することにした。先端IT人材の確保・育成・定着のためには,多様なワークスタイルの整備が必要である。ワークスタイルとは,業務内容,就業場所,雇用形態,勤務時間など,従業員が働く上での様々な要素を指す。
〔W社の事業の概要,就業環境及び課題〕
W社の事業の概要,就業環境及び課題は,次のとおりである。
(1) 事業の概要
(ⅰ) 人材の確保
X課長は,W社の事業戦略を策定するための準備作業として,IT業界を取り巻く外部環境が,中長期的にW社にどのような影響を与えるかを把握するために,部下のY主任にPEST分析を行うように指示した。PEST分析は,外部環境分析のうちa環境分析に用いるフレームワークである。Y主任は,新聞,専門書籍,インターネットなどから各領域に関する情報を入手して,表1を作成した。 表1を見たX課長は,Y主任に次の指示をした。
まず,X課長とY主任は,課題への対応に関して,次の方針を立てた。
(1) 新しい拠点への集結
Z駅から徒歩圏内の賃貸ビルに入居し,全従業員を集結する。これによって,Z駅周辺を拠点とする異業種のベンチャー企業と交流を深め,それらの企業と協業して新事業の創出を目指す。この施策には,②新事業の創出以外の狙いもある。
(2) 新しい就業環境の整備
W社は首都圏にあるIT企業である。5年前に設立され,現在の従業員数は約80名である。顧客からは企画提案力と技術力の高さを評価され,業績は好調である。現在はWeb系システムの受託開発が主体であるが,先端ITを活用した付加価値の高いソフトウェアパッケージの販売事業やASP(Application Service Provider)事業を,W社内の先端IT人材の割合を増やすことで新事業として創出するという新たな事業方針を決定している。
この事業方針の実現を図るために,2019年6月に経営企画部のX課長をリーダーとする事業戦略策定チームを立ち上げ,半年間で事業戦略を策定することにした。先端IT人材の確保・育成・定着のためには,多様なワークスタイルの整備が必要である。ワークスタイルとは,業務内容,就業場所,雇用形態,勤務時間など,従業員が働く上での様々な要素を指す。
〔W社の事業の概要,就業環境及び課題〕
W社の事業の概要,就業環境及び課題は,次のとおりである。
(1) 事業の概要
- 顧客は法人企業であり,顧客の主な業種は,小売業,不動産業,飲食サービス業である。顧客の業種ごとに組織された三つの事業部がある。
- 事業部の主な業務内容は,企画,営業,システムの開発及びシステムの保守である。
- WebポータルやECサイトのシステムの受託開発が中心だが,AIやビッグデータなどを活用したカスタマサポートシステムの受託開発の割合が増えている。
- 開発案件の事例として,"AIが,蓄積された膨大なカスタマコンタクト履歴情報からカスタマの行動パターンを分析・学習し,当該カスタマに適したサポートを助言する。","AIが,カスタマサポートチームのメンバー間の交流状況を分析・学習し,高パフォーマンスを引き出すようにチームに助言する。"がある。
- 各事業部は,顧客のオフィスの所在地などを勘案して,それぞれ別の賃貸ビルを拠点にしている。
- 小売業の顧客を担当している事業部は,独自の通販サイトを用いて急成長している顧客からECサイトのシステム開発・保守を受託して,顧客のオフィスがあるZ駅周辺のビルを賃借している。Z駅には,様々な業種のベンチャー企業が集まり,それらの企業が協業して新しいビジネスモデルを立ち上げる事例がマスコミに幾度も採り上げられ,ベンチャー企業のブランド価値の向上につながっている。
(ⅰ) 人材の確保
- 過去3年間の従業員の平均採用数は,年間20名程度である。半面,ワークスタイルへの不満を理由に毎年5名程度退職している。
- 3年後には従業員数を150名に増やす事業方針があるが,W社の知名度が低く,現在の売り手市場の状態も加わって,採用者の確保に苦労している。
- 各拠点とも手狭で,会議室数が不足している。さらに,3年後を見据えた十分な規模の就業スペースの確保が必要である。
- 先端IT人材は,拠点内に自席を固定して活動するのではなく,オープンな環境での活動を好む傾向にあるので,対応が必要である。
- ①現状の就業環境下では,拠点間の交流機会が少なく,事業部横断的な活動や発想による斬新なアイディアが生み出しづらくなっている。
X課長は,W社の事業戦略を策定するための準備作業として,IT業界を取り巻く外部環境が,中長期的にW社にどのような影響を与えるかを把握するために,部下のY主任にPEST分析を行うように指示した。PEST分析は,外部環境分析のうちa環境分析に用いるフレームワークである。Y主任は,新聞,専門書籍,インターネットなどから各領域に関する情報を入手して,表1を作成した。 表1を見たX課長は,Y主任に次の指示をした。
- PEST分析の特性として,分析する環境項目を絞らないと作業量が膨大になってしまうので,W社の事業と関わる労働力と就業環境に関するものに絞ること。
- PEST分析による外部環境分析を終了したら,次に内部環境分析を行うこと。その際に用いるフレームワークは,W社内の業務プロセスのつながりなどに基づいて分析するbにすること。
- 内部環境分析にスムーズに着手できるように,あらかじめ絞り込んだ環境項目の内容をブレークダウンした上で,W社への影響を整理しておくこと。
まず,X課長とY主任は,課題への対応に関して,次の方針を立てた。
- ワークスタイルの多様化に対応すること,及び先端IT企業というブランド価値を向上させることによって,優秀な先端IT人材の確保・定着を促進する。
- 多様なワークスタイルを整備することによって従業員個人のモチベーションを向上させ,業務のパフォーマンスを改善する。さらに,就業スペースの拡大とともに事業部を越えた従業員間のインフォーマルなコミュニケーションを活性化して,斬新なアイディアを生み出す就業環境を作り,新事業の創出につなげる。
(1) 新しい拠点への集結
Z駅から徒歩圏内の賃貸ビルに入居し,全従業員を集結する。これによって,Z駅周辺を拠点とする異業種のベンチャー企業と交流を深め,それらの企業と協業して新事業の創出を目指す。この施策には,②新事業の創出以外の狙いもある。
(2) 新しい就業環境の整備
- 従業員が自席を固定しないフリーアドレス制を採用する。
- 様々な形のテーブルや椅子,PC,コーヒーサーバなどを設置し,社内の打合せに自由に利用できるコミュニケーションスペースを設ける。
- メール機能,スケジュール機能,オンライン会議機能を統合した企業内コミュニケーションツールを導入し,社外でも社内と同じように働ける就業環境を作る。
- インフォーマルなコミュニケーションツールとして,社内SNSを導入する。
- これらによって,多様なワークスタイルを支援する就業環境が整備された後,従業員個人の業務への取組み状況及び③従業員間の交流状況などの情報を,企業内コミュニケーションツールや社内SNSの利用履歴からモニタリングする。
- 将来的に,テレワークの勤務制度の導入を検討する。本社業務部門は,関連する社内規程の改定や人事評価方法の見直しを行う。
- ④テレワークの勤務制度の導入によって,本社業務部門の担当である一部の業務の負荷が増える懸念があるので,対策を検討する。
設問1
本文中の下線①の状態のままでは危惧される,W社の事業に関する機会損失リスクを,25字以内で述べよ。
解答入力欄
解答例・解答の要点
- 新事業の創出につながる機会が失われる (18文字)
解説
W社の新たな事業方針は「先端ITを活用した付加価値の高いソフトウェアパッケージの販売事業やASP(Application Service Provider)事業を,W社内の先端IT人材の割合を増やすことで新事業として創出する」というものです。
一般的に革新的な新事業(イノベーション)を起こすには、経営者の強いコミットメントの下に、社員が自由闊達に働ける環境や、多彩な人材との協働を推進する体制を整備する必要がありますが、W社では、事業部ごとにそれぞれ別の賃貸ビルを拠点にしており、拠点間の交流が取りづらい環境にあると言えます。これに加えて、W社が割合を増やそうとしている先端IT人材はオープンな環境での活動を好む傾向にあるという記述より、現状のままで先端IT人材の割合を増やしていっても、十分な交流が行われず、先端IT人材の能力が発揮されにくいと考えられます。
このように、事業部横断的な活動や発想による斬新なアイディアが生み出しづらい従業環境下のままでは、交流により生まれていたかもしれない新事業の創出につながる機会を逃してしまう事態が懸念されます。
∴新事業の創出につながる機会が失われる
一般的に革新的な新事業(イノベーション)を起こすには、経営者の強いコミットメントの下に、社員が自由闊達に働ける環境や、多彩な人材との協働を推進する体制を整備する必要がありますが、W社では、事業部ごとにそれぞれ別の賃貸ビルを拠点にしており、拠点間の交流が取りづらい環境にあると言えます。これに加えて、W社が割合を増やそうとしている先端IT人材はオープンな環境での活動を好む傾向にあるという記述より、現状のままで先端IT人材の割合を増やしていっても、十分な交流が行われず、先端IT人材の能力が発揮されにくいと考えられます。
このように、事業部横断的な活動や発想による斬新なアイディアが生み出しづらい従業環境下のままでは、交流により生まれていたかもしれない新事業の創出につながる機会を逃してしまう事態が懸念されます。
∴新事業の創出につながる機会が失われる
設問2
〔PEST分析とW社への影響の検討〕について,(1)~(4)に答えよ。
- 本文中のaに入れる適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
- 本文中のbに入れる適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
- 表1で挙げた東京2020後の労働力需要の動向を表2の作成時に除外している。その理由として適切なものを解答群の中から選び,記号で答えよ。
- 表2中のcに入れる適切な字句を,本文中の用語を使って15字以内で答えよ。
a に関する解答群
- 市場
- 内部
- マクロ
- ミクロ
b に関する解答群
- 3C分析
- SWOT分析
- バリューチェーン分析
- ファイブフォース分析
(3) に関する解答群
- IT業界に直接的な影響を及ぼす変化だから
- 一時的な変化だから
- スピードが遅い変化だから
- 中長期の構造的な変化だから
解答入力欄
- a:
- b:
- c:
解答例・解答の要点
- a:ウ
- b:ウ
- イ
- c:テレワークの勤務制度 (10文字)
解説
- 〔aについて〕
企業の業績は、外部環境によって左右されることがあります。PEST分析とは表1にあるように、組織によって統制不可能でありながら、企業活動の大きな影響を与える外部環境を分析するフレームワークです。「Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)」の頭文字をとってPEST分析と呼ばれます。政治経済や社会情勢などの世の中の動きのように、組織が直接コントロールできない業界外の環境のことを「マクロ環境」と言います。
∴a=ウ:マクロ - 〔bについて〕
選択肢の4つのフレームワークはそれぞれ次のようなものです。- 3C分析
- マーケティング分析に必要不可欠な顧客(Customer)、自社(Company)、競合他社(Competitor)の3つの観点から自社の置かれている状況を分析する手法
- SWOT分析
- 組織内外の経営に影響する要因を、内部環境要因(Strength(強み)・Weakness(弱み・弱点))と外部環境要因(Opportunity(機会)・Threat(脅威))に分類し、組織の置かれている経営環境を分析する手法
- バリューチェーン分析
- 組織の業務を「購買物流」「製造」「出荷物流」「販売・マーケティング」「サービス」という5つの主活動と、「調達」「技術開発」「人事・労務管理」「全般管理」の4つの支援活動に分類し、製品の付加価値がどの部分(機能)で生み出されているかを分析する手法
- ファイブフォース分析
- 業界の収益性を決める5つの競争要因から、業界の構造分析をおこなう手法。「供給企業の交渉力」「買い手の交渉力」「競争企業間の敵対関係」という3つの内的要因と、「新規参入者の脅威」「代替品の脅威」の2つの外的要因から業界全体の魅力度を測る。
∴b=ウ:バリューチェーン分析なお、4つのフレームワークを用途から分類すると、バリューチェーン分析は内部環境分析、3C分析とSWOT分析は内部・外部環境分析の両方、ファイブフォース分析は外部環境分析に適しています。 - 〔PEST分析とW社への影響の検討〕より、PEST分析を行う目的が「中長期的にW社にどのような影響を与えるかを把握するため」であることがわかります。他の環境項目と比較すると、東京2020は明らかに一時的な変化(目先のトレンド)であり、3年後・5年後といった中長期で社会構造がどう変化していくかを考える際には、除外することが妥当であると判断できます。
また、オリンピックが終了するとそれを契機にオリンピック特需が終了しますが、大規模な「労働需要の動向」があると言われているのは建築業界であり、W社の属するIT業界にそれほど影響がないと思われます。
選択肢のうち適切な説明は「イ」だけで、それ以外は東京2020後の労働需要の動向について逆のことを言っています。
∴イ:一時的な変化だから - 〔cについて〕
表2中でcに関連付けられた環境項目は「ワークスタイルの多様化」「クライアント仮想化技術の進歩」の2つで、VDI(Virtual Desktop Infrastructure)やシンクライアントといった技術を活用して様々な勤務形態で行う業務を連想させます。これに該当する字句を、15字以内という比較的長めの条件であることに注意して本文中から探すと、"(3)多様なワークスタイルの整備に対応した社内制度の見直し"に、「テレワークの勤務制度の導入」という部分が見つかります。表2中の「cの導入」という文脈にも適合するので、空欄には「テレワークの勤務制度」が入ります。
なお、表1中"T:Technology"領域に記載されているコミュニケーションツールという解答も考えられますが、表2中"T"領域の「クライアント仮想化技術の進歩」とは直接結びつかないので適切ではありません。
∴c=テレワークの勤務制度
設問3
〔事業戦略の策定と施策への展開〕について,(1)~(3)に答えよ。
解答入力欄
解答例・解答の要点
- 企業のブランド価値の向上 (12文字)
- AIが,情報を分析・学習し,高パフォーマンスを引き出すように助言する (34文字)
- 労務管理 (4文字)
解説
- Z駅近くの新しい拠点へ全従業員を集結することによる狙いについて問われています。
"(2)就業環境"をみると、「Z駅には,様々な業種のベンチャー企業が集まり,それらの企業が協業して新しいビジネスモデルを立ち上げる事例がマスコミに幾度も採リ上げられ,ベンチャー企業のブランド価値の向上につながっている」とあります。W社は、3年後には先端IT人材を含めて従業員を150人に増やす予定ですが、W社の知名度が低く採用者の確保に苦労しているという課題があるので、Z駅近くに拠点を構えることで知名度や企業ブランド価値の向上を図る狙いがあると考えられます。
なお、"交流機会を増やす"、"将来の就業スペースの確保"、"先端IT人材の獲得"という解答も考えられますが、これらは新事業の創出のための狙いに含まれます。よって、「新事業の創出以外の狙い」を求める問題の条件に合致しません。
∴企業のブランド価値の向上 - 設問には「W社が開発案件で習得した先端ITを応用してできる施策」という条件があります。これに該当する技術は、"(1)事業概要"にある開発案件の事例にある次の2つです。
- AIが,蓄積された膨大なカスタマコンタクト履歴情報からカスタマの行動パターンを分析・学習し,当該カスタマに適したサポートを助言する。
- AIが,カスタマサポートチームのメンバー間の交流状況を分析・学習し,高パフォーマンスを引き出すようにチームに助言する。
∴AIが,情報を分析・学習し,高パフォーマンスを引き出すように助言する - テレワークの導入による弊害について考えます。一般的にテレワーク勤務制度には、通勤時間短縮、業務効率化、遠隔地の優秀な人材の確保、オフィスコストの削減、ワークライフバランスの向上といったメリットがある一方、仕事とそれ以外の切り分けが難しい、長期間労働になりやすい、対面のコミュニケーションが不足する、労働時間・進捗・評価・情報セキュリティ等の管理が難しいという課題もあります。
下線④には「本社業務部門の担当である一部の業務の負荷が増える」とあるため、これに沿った内容を探すと、表2のPEST分析の結果"S"領域に、ワークスタイルが多様化に伴い、W社の労務管理業務の負担が増えるというマイナスの影響があると記載されています。他には該当し得るものがないので、これが、本社業務部門で負担が増えると懸念される事項であると判断できます。
具体的には、テレワークを行う従業員に対する労働時間の適正な把握、休憩時間や中抜け時間の取扱い、移動中や出張中の労働時間管理、および"フレックスタイム制"や"事業場外みなし労働時間制"あるいは"裁量労働制"などの採用を検討しなければなりません。画一的に皆が同じ時間に出社・退社する形態と比較すると、労務管理は相当に煩雑になることが予期されます。
∴労務管理